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東京高等裁判所 昭和39年(行コ)55号 判決 1967年4月27日

熱海市熱海五〇六番地

控訴人

蜂須賀智恵子

右同所

控訴人

蜂須加正子

右両名訴訟代理人弁護士

高島文雄

小久江美代吉

水谷昭

被控訴人

右代表者法務大臣

田中伊三次

右指定代理人法務省訟務局第五課長

横山茂晴

法務事務官 石塚重夫

右当事者間の昭和三九年(行コ)第五五号所得税額決定等無効確認請求控訴事件について、当裁判所は昭和四二年一月三一日終結した口頭弁論に基づいて、次のとおり判決する。

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人らは、「原判決を取消す。控訴人らが、蜂須賀正氏の昭和二七年度分の所得税及び再評価税につき、同人の相続人として熱海税務署長に対してした昭和三〇年一〇月二一日及び昭和三一年二月二四日付所得税修正確定申告(但し昭和三二年一二月七日及び昭和三三年四月四日付更正処分により減額された部分を除く)及び再評価税修正申告はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は左記を加えるほか、原判決の事実摘示欄記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴人ら代理人らは「原審で提出の甲第一二号、同第一三号の一ないし五は、いずれも控訴人蜂須賀智恵子の日記である。」と述べた。

証拠として、新たに、控訴人ら代理人らは当審証人馬場数馬、同永蜂よね(第一、二回)の各証言および当審における控訴人蜂須賀智恵子本人尋問の結果を援用し、被控訴人の原審で提出した乙第四号証の撤回に異議はない、当審において新たに提出の乙第四号証の成立を認める、乙第一二号証の成立は否認すると述べ、被控訴人指定代理人らは、原審提出の乙第四号証(「接収不動産賃貸借契約更新通知書」と題する書面の写)を撤回し、新たに乙第四号証(「接収不動産賃貸借契約更新通知書」と題する書面)および乙第一二号証を提出した。

理由

一、控訴人蜂須賀智恵子は蜂須賀正氏の妻、控訴人蜂須賀正子は、同人の長女であるところ、蜂須賀正氏は、昭和二八年三月一六日、所轄の熱海税務署長に対し、昭和二七年度分の所得税につき譲渡所得額金一八三万六、七二五円とする確定申告をし、同年度分再評価税につき個人の減価償却資産以外の資産等の再評価によるものとして再評価額金七〇八万五、八六九円、再評価差額金六四七万四、九〇〇円と申告をしたが、同年五月一四日死亡し、控訴人らが相続人として同人の納税についての義務を承継したこと、ならびに、弁護士馬場数馬が昭和三〇年一〇月二一日付(同日受理)および昭和三一年二月二四日付(同年四月七日受理)の二回に亘つて、熱海税務署長に対し、控訴人らの代理人として、正氏の右昭和二七年度分所得税および同年度分再評価税について控訴人ら主張のとおりの各修正申告をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

控訴人らは、控訴人らにおいて馬場弁護士に上記各修正申告を委任したことはなく、馬場弁護士のなした右各修正申告は、いずれも無権代理行為である旨主張するに対し、被控訴人はこれを争い、同弁護士は控訴人らの委任を受けて右各修正申告をなしたものである旨主張するので、この点について判断する。

いずれも成立に争いのない甲第一号証ないし第四号証、第五号証の一、(甲第一号証甲第五号証の一については原本の存在も争がない)第一五号証の一ないし五、第一七号証の一ないし三、乙第二号証、第九号証の一、二、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一ないし三、原審における控訴人蜂須賀智恵子本人尋問の結果によつてその成立を認めうる甲第一二号証、第一三号証の二、三、四、原審証人中村徹二、同古川寛、原審と当審(第一、二回)での証人永峰よね(但し後記措信しない部分を除く)、当審証人馬場数馬の各証言、および原審と当審での控訴人蜂須賀智恵子本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、蜂須賀正氏は、その所有にかかる東京都港区芝三田綱町所在の土地建物(以下本件物件という)を売却したが、所得税等の申告にあたつて右譲渡にともなう所得の申告を脱漏していた。右事実を知つた熱海税務署長は、昭和三〇年二月頃正氏の相続人である控訴人らに対して右譲渡の詳細を申告するように求めたが、控訴人らから容易に申告をしなかつたので、自ら蒐集した資料にもとづいて、本件物件の譲渡の日時を昭和二六年一二月二八日、代金五七五二万四三一〇円と認定し、同年三月一五日付で控訴人らに対し正氏の昭和二六年度の所得税および再評価税についての各決定処分をなした。ところが、控訴人蜂須賀智恵子(同人が、当時未成年であつた控訴人蜂須賀正子の法定代理人たる資格も有していたことは当事者間に争がない)は、当時渡米中であつたため、同控訴人の実母である訴外永峰よねは、同月一八日、弁護士馬場数馬に対し、前記譲渡にもとづく所得税の問題を含めて、控訴人らに係る税務処理一切を控訴人らの名義で委任した。馬場弁護士は、同年四月九日、控訴人らの代理人として、右決定に対し、本件物件についての譲渡所得の帰属年度は昭和二七年度である旨主張して、熱海税署長に再調査の請求をしたため、名古屋国税局長のもとで審査が行われるに至つた。

しかるところ、同年七月帰国した控訴人智恵子は、永峰よねから、上記税金問題の処理を馬場弁護士に依頼し、同弁護士が控訴人らの代理人としてこれが処理に当つている経緯について報告を受けたが、別段異議を述べなかつたばかりか、むしろ馬場弁護士が控訴人らの代理人として、上記税金問題を処理することを了承し、右税金問題処理のため馬場弁譲士を名古屋国税局に赴かせたり、名古屋国税局の係官が上記審査について控訴人方を訪問した際にも馬場弁護士を立ち会せて同弁護士をして右係官と交渉せしめた。その後、同年一〇月頃名古屋国税局の係官古川寛が控訴人方に赴き控訴人蜂須賀智恵子に対し、本件物件の譲渡の年月日を、控訴人ら主張のとおり昭和二七年三月四日と認定替えする旨を伝えたところ、同控訴人の求めにより同席していた馬場弁護士は、右古川に対し、熱海税務署長のなした前記昭和二六年度分の所得税および再評価税の各決定処分が取消されるならば、控訴人らにおいて進んで本件物件の譲渡所得を昭和二七年度分として各税の修正申告をする旨申出し、控訴人智恵子においてもこれに異論ない旨言明した。

当時本件課税については、右の再調査に関する件と同時に徴集猶予に関する件が名古屋国税局で平行して審査されていたが、徴集猶予に関する件もその頃結論に達したので、名古屋国税局の係官山川、水野、および熱海税務署の上田、岩崎の四名は、揃つて同年一〇月二一日蜂須賀邸に赴き、控訴人智恵子、永峰よね、馬場弁護士の三名と面会し、徴集猶予についての担保提供の説明とともに本件課税については昭和二七年度分と認定替えすることと修正申告の形式をとるよう求めた。その際、馬場弁護士は控訴人智恵子および永峰よねに対して、この税金を納めないではすまされない事情および納めない場合の強制処分について詳細説明したところ、控訴人智恵子はこれを納得し、本件物件に係る譲渡所得を昭和二七年度分所得として修正申告をすることを承知した。そこで同日午後、馬場弁護士は前記係官らと熱海税務署に赴き、係員の作成した昭和二七年度分所得税および再評価税の各修正申告書に控訴人らの代理人として自ら押印して、これを提出した。右認定に反する原審および当審(第一、二回)での証人永峰よねの各証言の一部および原審と当審での控訴人蜂須賀智恵子の各供述の一部は前掲各証拠に比照してたやすく信用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば、控訴人蜂須賀智恵子は自己および控訴人蜂須賀正子の法定代理人として、馬場弁護士に対し本件各修正申告をなすことを委任し、同弁護士は右委任に基づき控訴人らの代理人として右各修正申告をなしたものと認めるのが相当である。

控訴人らは、馬場弁護士の右代理権は、税理士法第三〇条の規定により書面によつてこれを証する必要があるのに、本件各修正申告には馬場弁護士の代理権限を証する書面は提出されなかつたから、本件各修正申告は無権代理行為である旨主張する。しかしながら、税理士法第三〇条が、税理士に対して税務代理行為につき代理権限を有することを明示する書面の提出を命じているのは、当該税理士が、真実代理権限を有するかどうかについての税務官署側の判断を容易ならしめるとともに、後日代理権限の存否につき争いの生ずることを未然に防止し、もつて税務手続の安定、迅速を期する趣旨に出たものにすぎないものと解すべく、したがつて、税理士が当該税務代理行為につき真実代理権限の付与を受けている以上、たとえ同条の規定に基づく書面を提出しなかつたからといつて、そのことだけで無権代理行為であるとなすことは相当でない。本件では馬場弁護士は控訴人らの代理人として本件修正申告をなすにつき控訴人らからその代理権限の付与を受けていたものであることは、既に認定したところによつて明らかであるから、仮りに控訴人ら主張の如く、本件修正申告に当り、馬場弁護士の右代理権限を証する書面の提出がなされなかつたとしても、馬場弁護士のなした本件修正申告を無権代理行為に該るということはできない。控訴人らの右主張は採用できない。

二、次に控訴人らは、(1)「本件物件の譲渡にあたり、国は正氏に対し、右譲渡に伴う所得税等の免除を約したものである」旨、および(2)「本件物件の譲渡は昭和二六年中に行なわれたものであるのに、馬場弁護士は、それが昭和二七年中に行なわれたものと誤信して前記各修正申告をしたものであるところ、所得の帰属年度は、租税債務発生の重要な要素をなすから、右のように所得の帰属年度を誤つてなした本件各修正申告は、いずれも要素の錯誤に基くもので無効である」旨主張する。当裁判所は、この点については、次に補足するほか、原判決理由の二および三に記載するところ(記録四〇二丁裏五行目以下四一〇丁裏六行目まで)と同一理由により、控訴人らの右各主張は、いずれも採用できないとの判断に到達したので、右原判決理由の記載を引用する。

(補足理由)

(1)  当審における控訴人蜂須賀智恵子の供述中、恰かも控訴人らの右(1)の主張に副うような部分は採用し難く、その他当審における新たな証拠によるも、控訴人ら主張のように国が本件租税債務の免除を約した事実は到底認め難く、かえつて原審証人中村徹二、同古川寛、当審証人馬場数馬の各証言によれば、控訴人ら主張のような免除はなされなかつたことが推知できるから、右免除の主張は採用できない。

(2)  仮に本件各修正申告にあたり、控訴人ら主張のように馬場弁護士において、本件所得の帰属年度についての錯誤があつたとしても、かかる錯誤の主張は、当該錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害するものと認められる特段の事情のある場合でなければ、許されないものと解するのが相当である。(最高裁昭和三九年一〇月二二日言渡判決、民集一八巻一七六二頁の趣旨参照)。ところで、控訴人ら主張の錯誤が未だ客観的に明白かつ重大であるということができないことは、原判決の説示するとおりであるし、他面、本件においては、前記各修正申告につき、税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さなければ納税者の利益を著しく害するものと認められる特段の事情があるような事実についてはなんら主張がないから、控訴人らの錯誤の主張は採ることを得ない。

三、よつて、控訴人らの本件各請求はいずれも理由のないこと明らかである。したがつて右と同趣旨の原判決は相当で、本件控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三八四第条一項によつて、これを棄却し、控訴審での訴訟費用の負担について、同法第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 土井王明 判事 兼築義春 判事 矢ケ崎武勝)

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